ぐい呑み、酒器、抹茶茶碗、湯のみ、片口鉢、やきものをご紹介しています。
オンラインショップ | Facebookページ | Keizo Google+ページ | sitemap



「 陶芸家雑感(エッセイ) 」 に関する記事一覧

【012】質問にお答して

【ご質問】
ひとつお聞きしたいのですが、私は以前から朱色のカイラギはないのだろうか?
炭が焼けていくと表面が白く中が朱色にゆらぐ、あの心が安らぎホットする表情をもつ器にめぐりあいたと、常々思いつづけております。
朱色のカイラギというのはできるのでしょうか?
もし朱色のカイラギがございましたら、紹介いただけないでしょうか。

…………………………………………….

【萩原啓蔵から】

 日本で天下一の名碗と評価されているのが、国宝の喜左ヱ門井戸茶碗と云われています。
昔、朝鮮半島からもたらされた、この茶碗は「高麗茶碗」として、茶人にもてはやされたもので、特に、枇杷色(びわいろ)のくすんだ渋い色感の貫入(カンニュウ・ひびのこと)と、高台まわりの梅華皮(カイラギ)が水玉のように飛び散った凄みのある美しさがあふれています。
 さてご質問の朱色の梅華皮(カイラギ)ですが、天下一といわれている茶碗でさえも、上記のように渋い色しか出せないのが現状です。
これは、原料が土石であるために、明るい色が出し難いのです。例えば真っ赤な土であっても、茶色にしか出ません。発色としては、このように白、黒、茶、灰色、灰黄色程度までです。
 
 逆に白い色の梅華皮(カイラギ)が出る土石に、上から朱色釉をかけてしまうと今度は梅華皮(カイラギ)そのものが出なくなります。
と言うことで、朱色の梅華皮(カイラギ)というのは不可能と思います。
 しかしながら私としても、地元の土石を使っての研究を今後も続けてさまざまな表情を持つ梅華皮(カイラギ)を産みだしていきたいと思っております。

【011】脚のアイディア

板皿の裏底に高台や脚のついてない皿は汚れやカビが生えやすい。
ということで今回は、簡単に、板皿の脚を作る方法をお教えします。


【パイプとストッキングを用いて簡単に作る脚】
・粘土を8ミリくらいタタラ板でキリ、その粘土板をタオルの上に置く。
  (平たくのばした粘土を8ミリの厚さにスライスする・・という意味)

・パイプ(直径15ミリ~20ミリ)の口にストキングを二重にかぶせて印鑑を押すように、
 スライスした粘土に押し当てていく。

・すると、パイプの直径の球状ボタンのようなものができるので、それを脚として裏底につけていく。


★パイプの直径を変えればいろいろな大きさのものを作ることができます。
 ストッキングの伸縮性を利用してきれいな半円型がすぐ出来ますのでぜひ試してごらんなさい。

【010】新しいアイディア

 キャンパスの上をリモコンカーが走る。
みるみるうちに、色とりどりの曲線が描かれていく・・。
これはリモコンカーに絵筆を取り付けて自動操縦で車を走らせながら、思い通りに模様を描く「乱糸技法」のひとつです。


 ただし、これは平面体にはできますが、壷のような立体面に乱糸模様を描くのは不可能な事です。 
カブト虫の背中に絵筆を結び、曲面を歩かせることも無理なようです。


 それならば・・・直接、糸に釉薬または化粧泥を付けて壷に塗る方法は出来ないか、数十年前にこれを実行して、見事、陶芸展に入選したことがありました。
他人がやらないことをやる、これが私のモットーです。新しいアイディアは無限にあり、その工夫を駆使した作品は、見る人を感動させることでしょう。
私は、そうやって感動を呼び起こす作品を作ることがひとつの喜びでもあります。
これからも、いままで考えたことを、作品に表現していきたいと思っています。

【009】しぶきの大皿

 数十年前、ある知人宅に伺った折の話です。

 床の間に飾られていた直径60cmくらいの大皿に、私は目を奪われしばし見とれてしまいました。
見るからに豪快で、黒と赤の色合いのコントラストが実にすばらしい作品なのです。
このように、見る人に感動を与える作品を創り出した作家は?と恐る恐る近づき、黙礼をして裏を返してみると、なんと私の作品ではありませんか!
本当びっくりし驚きました。
以前に差し上げたことを私はうかつにもすっかり忘れてしまって、自分の作品とは気が付かず感動していたのです。


その大皿を創った頃は、私にとって「創意工夫」の全盛期でした。がむしゃらに頑張っており、ひらめいたアイディアを即作品に実行していました。
 大皿の手法を説明すると・・

 素焼きされた大皿に真綿を引っ張りクモの巣状にします。その上から全体に黒マット釉をブラシ掛け(ブラシとブラシを合わせ前後に、こすってしぶきを飛ばす)をした後、次に真綿を取り除き、黄・橙・赤のマット釉を吹き付けるものです。

で言うのは簡単ですが、考え出した後、何回も失敗を重ね、ようやく出来たものでした。
このブラシ掛けの技法は今でも自分の発案した技法の中でも、誇れる技法のひとつです。
 今でも作品にかける燃える気持ちには変わりはありません。自分の中で研究や経験を積み重ね、斬新な納得のいく作品をつくるために、日々努力しているつもりです。

と同時に、今までに自分の残した作品を出会った時、それにもきらり輝くものがあった・・そんな発見ができるのも、また作家冥利につきると思ったのでした。

【008】屋根瓦

 先日のテレビで『世紀を越える大修復・京都西本願寺御影堂』10年がかりの屋根瓦修復が始まる・・という映像が映っていました。

 百年も二百年も風雨にさらされたにもかかわらず、腐らない、割れない 焼き物はどう焼かれたのだろう?と関心がありました。
 一般の住宅用粘土瓦は10時間かけて、1000度になるまで焼くのが普通です。
粘土の厚味は2cmを越すと1000度でも中心部が焼けないために割れ易い のですが、西本願寺の瓦となると大きさも大きい上に、厚味が3cm以上もあります。
ところが、古い瓦を実際に試験をしてみると400kgまでの加圧に耐えていました。


 丈夫に焼き上げるには、かなりの研究が必要だったでしょう。
昔々その 瓦を焼いた人たちは、技術的に本当に優れた職人達だったに違いありません。
セメントで作ったものでも多分難しいと思われるのに、長い年月の間、自然の風雪に耐え、重さにも耐える「もの」をつくったその技術に深い感動を覚えたのでした。人間の「叡智」で、後世に残る焼き物をつくりあげた・・ということなのかもしれません。


 これから作る大修復の瓦も千年ニ千年経ても壊れないようにするためにはどんな焼き瓦にするか・・・。  
それには1160度で25時間、窯で焼き上げるということです。そうする事で圧力600kgにも耐える瓦になる様研究されているそうです。

 先人に負けない技術を重ねて、次の世代へ繋げていく・・・「陶芸」においても同じことが言えるような気がします。

【007】陶芸入門講座—焼き物のできるまで

粘土で作った作品は、乾燥後、素焼きをして釉薬(うわぐすり)をかけてから本焼きをします。

乾燥は四季によって扱い方が違います。
気温の高い夏は作りながらも乾きが早く油断ができないので乾き過ぎないように気配りしながら、作品に霧をかけたり、タオルをかけたり細心の注意を払います。
一方冬はせっかく作った作品を凍らせないよう気をつけます。
梅雨のころは、なかなか乾かず苦労します。

無事乾燥したら大体850℃くらいで素焼きします。
本焼きは釉薬をかけて1250℃位で焼きますが、釉薬によって溶けぐあいが違いますので気をつけて、窯の上段、下段と置く位置を決めます。
特に「アメ釉」など溶けやすい作品を上段に置くと、溶けすぎて棚板に流れくっついてしまいますから注意が必要です。


その他、絵付けには「下絵付」と「上絵付」の2種類があります。
一般的に土物には「下絵付」を使います。
素焼き後「下絵の具」で絵付けをし透明釉をかけて1200℃から1250℃で本焼します。
「上絵付」は、磁器などに使います。素焼き後、透明釉をかけて本焼きし「上絵の具」で絵を描きます。その後、ススの出ない電気窯等で800℃位の温度で焼きます。
「下絵付け」が素焼き・本焼きと2回焼くのに対して「上絵付け」は、素焼き、本焼き後に、もう一度焼き、合計3回窯で焼くという違いがあります。

【006】うつわの使い方

よく抹茶茶碗として作られたものでご飯を食べてもいいのでしょうか?というようなご質問を受ける。
多分、うつわの作者の意図と違った使い方をしてかまわないのか?という心配だと思うが、私の考えを言えば、うつわの用途は固定のものではないと思う。
使う人にうつわを大事にする心がありさえすればアイディア次第で、どのように使われても構わない・・と思う。
  
 例えば

  「木の椀」は汁物
  「陶磁器の碗」がお茶
  「金属、ガラスの碗」がお酒

とよく言われているが、これは決まりではない。
夏には、お茶をガラスで飲む場合もあるし、陶磁器でワインを飲む場合もあるだろう。冬には陶磁器で温かい汁ものを頂くのもよいものだ。
かつで児童文学者の椋鳩十(むくはとじゅう)さんと抹茶茶碗のことでお話しをしたことがある。
「自分の気に入った抹茶茶碗で毎日ご飯を食べて殿様気分になって満足している」と話されていた。それを伺って「しっとりとした手触りの抹茶茶碗で豪快にご飯を頂くのは、確かに気持ちがよいかもしれない。同時にうつわを満足して使ってもらえる・・ということは、作り手にとってもうれしいことだ。」と感じた。
 

「抹茶茶碗が特別なものである・・」という考え方は、かつての「焼き物を作る側の論理であり価値観」ではないかと感じる。その方が確かに「高価な値」をつけるのかもしれないが・・。
 
私にとっては、使う側がその「うつわを大切に思うか」が大事なのだ。
物の使い方次第で生活が豊かな気分になれるのなら、それが一番すばらしいことではないか、と思っている。

【005】釉薬の種類

先日
「木の灰の釉薬と岩石の釉薬の違いはなんですか?」
というご質問を頂きました。今回はそれについて少し説明をしてみたいと思います。


木の灰から作った釉薬を「木灰釉(もくはいゆう)」、岩石を採取して作った釉薬を「土石釉(どせきゆう)」もしくは「岩石釉(がんせきゆう )」と呼んでいる。

木灰釉」は、日用食器などの、どちらかというと艶があり、手触りがつるつるした感触が好まれる器に主に使われる。
一般的には、長石70、木灰30の割合で配合したものが透明釉と言われ、それに、ベニガラ(酸化鉄)やコバルト、二酸化マンガン、銅などを少量加えることによって、いろいろな「色釉」をつくることができる。



一方、「土石釉」は「しぶいしっとりとした」釉調を出す場合に使う。
代表的なものとしては、柿釉、黒釉、イラホ釉などがある。

名前からすると「土石釉」というのは、ごつごつした石や岩のイメージがあるが、実際には採取してきた岩を細かくつぶし粉状にした後『石臼』でひき、更に60メッシュの『ふるい』でこして、その上更に100メッシュの『ふるい』をかける。そして最終的には、手でさわると、どろどろとした状態にまでになっている。

自然の土や岩石の中には、石灰、バリューム、マグネシウム、また鉄分が含まれている。その含まれている岩石成分の違いによって、焼き上げた時に、いろいろな変化をもたらすというわけである。採取した場所によって含有物が異なるために発色や出来上がりの雰囲気が違ってくる。



私はこの不思議な釉薬の魅力にとりつかれ、いろいろな場所の土や岩石を採取しては、どんな窯変を起こすかを調べたり、釉薬同士を調合して新しい釉薬を作り出す研究を続けてきた。そしてそれこそが、私の生きがいでもあり楽しみにもなっている。
釉薬を分析したり調合したりして、いつかは100種類以上の「オリジナルの釉薬」を作ってみたいと思っている。研究してきた釉薬の内容(料理で言えばレシピにあたるもの)と実際その釉薬を使ってできた作品とを併せて編集して、本にして残したい・・それが私の将来の夢である。

【004】釉薬の追求と失敗

新しい釉薬を研究する中には当然失敗もある。今回がそうだった・・。
前回採取してきた同じ岩を粉砕して釉薬を作ったものの、窯出しをしてみると、内側が「釉はがれ」(釉薬がめくれあがってはげてしまうこと)になってしまっている。

同じ場所で採取しても岩石成分が微妙に違うことや、岩石の洗浄が十分でなく塩分が残ったままであったこと、そしてまたここ1週間ほど寒い日 が続いために、「厚がけ」をした釉薬が完全に乾いていなかったこと・・ 
などが原因のひとつとして考えられる。



私の求めている「カイラギ」とは、美しい「ちぢれ」のことである。
それは「収縮しにくい粘土」を使い形を作り、素焼きしたあとに今度は「収縮しやすい釉薬」を使って1250度で焼く。
「カイラギ」は両者の収縮度の違いによって生まれる。ただし、この自然の美しさを確実に実現するのは、かなり難しい。・・・だからこそ 貴重なものといえるのかも しれないが。



失敗作は、私にとっては失敗作である。
生徒たちは「これも味があっていい。」と言うが、カイラギの追求と言う意味では、私自身が納得ができるまで、試行錯誤の繰り返しのような気がする。また自分自身の内面を振り返れば
「2000年度の新作をはやく発表したい。確実なものにしたい。」
というあせりもあったのではないかとも思う。
 
 『神は愛する者のみ試練を与える。人を相手にせず、天を相手にする。』
 この言葉をかみしめながらまた挑戦したいと思っている私である。

【003】啓蔵語録(その2)

 ・いつも美しいものに感動する心を持ちたい。
  釉薬作りに没頭する時が「一番楽しい夢」をみる。
 ・釉薬は「手品」種を明かすわけにはゆかぬ。
  自然の土石、自然の灰、数種の薬品を混合して作り出す。
  相性が良いもの・悪いもの、発色の良いもの・悪いもの、密着の良いも
  の・悪いもの、すべて人間と一緒。好きな人と結婚させたい。
 
・不可能を可能にするのが陶芸の道。
  できませんでは通用しない。
 ・作品は・・・
  見た目は重厚、持ったら軽い、が理想的。
  持ち上げて判断できる初心者作品。
 ・陶芸には書道と似たところがある。
  機械で大量に作るのが楷書。
  手造りのくずれた型が草書。
  折角綺麗に作って曲げてしまうのが行書。
 
 ・工芸、書道など「芸」や「道」のつく仕事には限りが無い遠い道。
  完成の日はやってこない。
                








Copyright © 2017 keizogallery (陶芸家 萩原啓蔵)


トップへ戻る